『127HOURS』をみた。
アカデミー授賞式以降みたいみたいと思っていて、意を決して注文して、わくわくして待っていたのだけど、そうしている間に地震が起こった。届いた頃には「こんなときにみれるか」と唾棄した。作品説明はこうだ。
山中で断崖に腕を挟まれた状態のまま、生と死のはざまで127時間を過ごした登山家を襲う絶望と希望を、圧倒的な映像で描く。
舞台はユタ州のブルージョン・キャニオン。主人公は実在の登山家アーロン・ラルストン。演じるのはジェームス・ブランコ。監督は、あの『トレインスポッティング』『スラムドッグ・ミリオネア』を生んだダニー・ボイルだ。でも、そんなことどうだってよくなっていた。DVDが手元に届いて一週間以上たって、プレイヤーの電源を入れたのは、なにか現実に起こってることに対して諦めの線を自分で引いてしまったからかもしれない。
当時27歳だったというアーロンは、きらきらした自信に満ち溢れていて、よくも悪くも奔放にブルージョン・キャニオンへ向かい謳歌していた。そしてあっと言う間に断崖にスタックする。驚いたことに、ここまでで映画時間は15分しかたっていない。あとの・・・恐らく1時間半前後、なんだろう、過去を回想するだけなのか(ふん)、と否定的に憶測した。でもそれは凡庸な私の勘違いで、そこですごした127時間を圧縮して見せる。回想シーンはもちろんあるけど、その127時間の中で脳裏をめぐった悔恨やら内観として描かれる。母親と父親、妹や元恋人への想いをひとつひとつ巡らせる。思いつく限りの手を尽くして脱出を計るけど、どれもうまくいかない。いらだつ。憔悴する。幻が目の前をちらつき始める。家族が、元恋人が、友達が言葉をかけてくる。そんなことを映画で1時間以上、だけどまるで長いミュージッククリップのような疾走感でみせたのは、もちろんダニー・ボイルの手腕だ。
力尽きて、もう息果てようかという頃、アーロンはあるひとつの未来の幻想をみる。
***
3月20日、石巻市で80歳の女性とその16歳のお孫さんが、崩壊した住宅のがれきの中から救出された。震災から9日ぶり、私達からみると、ということではあるけれど、奇跡の生還だった。救助隊が捜索する中、16歳のお孫さんが「倒れた家の中に動けなくなったうちのばあちゃんがいます。助けてください」と叫んでいたと、何度もニュースで耳にした。
私は、お孫さんにとっておばあちゃんの存在が、おばあちゃんにとってお孫さんがいてくれることが、希望だったのだと思っている。
おばあちゃんを救いたい気持ちと、一人ではなく孫がそばにいてくれる心強さが、ふたりの生きる力になったのだと思っている。
お孫さんは「倒れた家の中に動けなくなったうちのばあちゃんがいます。助けてください」と、肺を負傷するまで叫んだ。救助隊がかけつけると、「ありがとうございます」と言った。そう何度も耳にした。そのたびに何度も、ふたりが生きた9日間を想像した。
***
アーロンはあるひとつの未来の幻想をみる。それは、命を繋ぐ希望となった。
if i believe, it's more than it is.
more than it is.
この歌はそんな意味を携えている。
2011-03-25
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