2020-09-23

悔しさとその先にあるもの

 秋の雨が続いたある連休の一日。

前日まで空を覆っていた雨雲は消え、その日だけはよく晴れて暑いくらいでした。わたしたちは家から車で10分もかからない、大きな公園に出かけました。フラフープ大会が行われるというのです。

息子がフラフープにはまったのは一年くらい前だったと思います。前述の公園でお見かけしたパフォーマーの影響でした。フープマンユーヤという名のその方は、なんでもギネス記録保持者で、テレビにもたびたび出演されているということを後になって知りました。まったくの初心者だった息子に、とても上手にコツを教えて下さいました。

毎週末のように、「どこに行きたい?」と尋ねると「フープマンを見に!」と答える、そんな時期が続きました。息子はどんどん上達して、外でも家の中でも、友達と居る時も一人の時も、どこへ行くにもフラフープを携えて、暇さえあればクルクルクネクネ、フープを回していました。あんまりにも上手になって、全く見知らぬ人が驚いてスマホで撮影することさえありました。

***

さて、フラフープ大会です。緊張しいの息子がさらっと出場できるのだろうか?と数日前に聞いてみると、「うん、もちろん参加する」と意外と軽いノリ。でも、当日会場に着くとみるみる顔色を曇らせて「やっぱりこわいな、やめようかな」と言い出しました。予想通りです。

会場ではサブイベントとしてフラフープ検定というのをやっていたので、「度胸試しに受けてみたら?失敗してもやり直せるのだし、緊張に慣れることができるよ、自信が持てたら大会にエントリーすればよいし。」そんなことを出来るだけ押し付けないように言いました。

少し時間が経って、検定を受けてみると言ってきました。結果は10級から4段まで一発で合格。最上位の5段を受ける資格をもらい、いざ試験に臨みましたがあと一歩のところで失敗。5段だけはやり直しが出来ないので、今日はここまでということになりました。十分立派な結果だけど、本人はまるで「悔しさ」を初めて味わったかのように泣いていました。

さて、ここから気持ちを持ち直して大会にエントリーできるのかどうか。意気消沈しつつ、でもやっぱり挑戦してみたい気持ちに気づきつつ行ったり来たり・・・

なんだかんだで自分でエントリーシートに記名したのでした。

予選開始まで、無邪気に遊んでみたり、友達を見つけてじゃれあったりしていましたが、時間が近づくとそわそわし始めて神妙な顔で深呼吸している姿がありました。そして、


予選はなんなく通過しました。

続く準決勝は、「両足一分+片足一分」というお題を事前に告げられていました。わたしはこれを通過できるとは思っていませんでした。息子は前もって課題を知りながらも全く練習しようとしなかったからです。仮に幸運にも通過したとして、この一日のどこかの時点で息子は悔しさをもう一度味わい、それは一度目よりはるかに大きなものになるだろうと思っていました。「悔しさを味わうこと」。それが、わたしが息子に望んでいたこの日のテーマでした。もちろん悲しむ息子を見るのはわたしにとっても試練です。


予想に反して息子は準決勝を通過してしまいました。そして勢いづいていました。調子に乗れば乗るほど、この後に待ち受けてる落胆が大きなものになるので、わたしは少し身構えていました。

さて、決勝です。110名ほどの参加者から勝ち残ったのが40名強。長い戦いになりそうです。「両足一分+片足一分」を皮切りに5分間の前半戦が始まりました。


なんと、勝ち残っています。わたしの中のシナリオが崩れ始めました。残りは20名ほどです。表彰対象である10位が圏内に見えてきてしまったのです。どうしよう。怖い。勝って欲しいと思い始めていました。だって、とっても真剣にがんばっているんだもの。1位じゃなくていいから、せめて10位。せめて表彰されるところまで。そう思い始めてしまい怖くなりました。


フラフープは2本に追加されて、後半戦が始まります。しかし、「その時」が訪れることになります。2分を過ぎた辺りから、息子のフープが乱れ始めました。そのまま苦手な片足の技を指示されます。そして・・・息子のフラフープが地面に落ちた瞬間、係の方の「ここで10人に絞られました」という声が無情に響きました。息子無念の11位です。指示通りその場に座って待機する息子、目に涙を浮かべていることは遠くから見ていても分かります。

「戻ってよし」の合図を受けて、唇を固く結んだ息子が走ってきます。しばらくの間、わたしの膝に顔を埋めて泣いていました。大泣きです。大号泣です。息子のこんな悔し涙を、もちろんまだ見たことはありません。苦しくて息が出来ません。だまって息子の肩を抱き続けました。歯を食いしばって、なんとか自分の涙を堪えようとしましたが無理でした。

まだまだ続く大会と、10位内入賞者達の表彰式を見たくないと言い、でもその場を立ち去ることも出来ずに結局最後まで見届けていました。

***

半年ぶりとなるフープマンのパフォーマンスを見たり、お寿司を食べたり、少し気持ちも晴れて帰宅すると、息子は、「やっぱり次の大会も出るよ。予選と準決勝は出来ることは分かったし、あとは決勝でどこまで行くかだけだもん」とつぶやいて車を降りました。

***

わたしは、息子に悔しさを味わって欲しかった。でも、息子が手にしたものははるかに大きなものでした。悔しさを味わい、心を強くして、この経験が通過点であり次へのステップであることを会得して一日を終えたのです。わたしのシナリオなんかちっぽけでした。子供の可能性や内に秘めた力、広い選択肢の前にはなんの意味もなさないゴミでした。


いつの間にこんなにも頼もしい存在になっていたんだろう。

0 comments:

Post a Comment