医療費控除をうけようと、一年分の領収書をひっくり返していると、未整理であったおととしのものも出てきた。妊娠判定をうけた2013年10月の日付が目に留まる。まだまだかなりの初期で、出産にこぎつけられる確率は「ざっくり言って五分五分です」と言われていた。
一年と三カ月前のことだ。
息子は順調に育っている。ドジなわたしがベッドの扉を閉め忘れ、約1mの高さから落っこちて救急にかかった以外は。そのことを思い出すと今も呼吸が苦しくなる。
アメリカにいることを言い訳にずっとさぼっていたお正月の帰省をした。わたしたちが好き勝手するのには義父母ももう慣れていたけど、初孫とだけは過ごしたいだろうと思ったのだ。元旦の飛行機に乗りラッシュの3日に帰ってきた。
70を過ぎた義父母は近年病気がちだった。妊活中、わたしの頭の中にはずっとそのことがあった。無事に出産すると、いてもたってもいられないといった様子で北海道から飛んで来てくれた。お正月もずーっと息子にへばりついていた。
うれしかった。
わたしにとって息子は「息子」というダイレクトな存在で、もっと言うと「愛息子」という最愛の存在だ。そして義父母にとっても直接の孫である。その存在を通して、義父母と「息子が連れてきた嫁」であるわたしの距離は大いに縮まった。みんなが息子の一番を考えて行動した。そうして結びつきが強くなった。
家族だ、と思った。
義父が「俺はまだまだがんばるぞ」と言った。そんな溌剌とした表情をもう何年目にしていなかっただろう。
客間に用意された寒冷地仕様のふわふわの布団の中で、「あなたはみーんなを幸せにしているよ」と息子に言った。息子はいつもと同じ、ただ一生懸命に眠っていた。
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