
(サンノゼ空港)

(グアテマラ・シティ空港)
到着したのは夜遅い時間で、ランディング中、窓の外の夜景を眺めて、街全体が「大きな打ち上げ花火みたいだなあ、きれいだなあ」と思っていると、ほんとにあちこちでクリスマスを祝う打ち上げ花火が上がっていました。「打ち上げ花火を上から見る」です。その光景は、この旅の中で心に残ったものの一つ。
12/25
毎日が移動で一日4~5時間乗っていたので、帰ってきてからボスに「どうだった?何をした?」と聞かれて、「たくさんバスに乗りました。」と答えたくらい。

「フォト!フォト!」と走りよってくる子供達。自分からせがんでおきながら、カメラを向けてもシャドーボクシングを繰り返してじっとしないし、右奥の子なんてしったこっちゃない。
すぐに日が暮れたので、

この旅最初のビール。
バスを降りたその場所に、たくさんのカカオの木。
そう言えば、グアテマラの名産はコーヒーとカカオでした。
とか思ってると、小さな女の子が「ショコラ?」と売りに来た。
ホームメイドの「チョコレート」・・・というより、なんだろう「カカオ饅頭」みたいな味でした。
セムク・チャンペイは、不思議な青色の川棚で有名な景勝地。

分かるかな?すごく水が澄んでるの。

今日のビール。
12/27 
ここは、ティカル遺跡へ向かうための足場というつもりでいたんだけど、旅の中で一番好きな場所になった。

フローレス島の子供達。 

ペルーやボリビア同様、グアテマラもどの街にも教会を擁するプラサ(中央広場)がある。
12/28 
16平方キロメートルほどの空間に3000個ぐらいの建造物が並ぶ。3~8世紀のものだそうです。
そこで今日のティカルビール。
12/29
簡単な書類を書いてビザを取得し入国します。「地球の歩き方」には事前に取得しておくことを推奨してあるのですが、30分もせずに現地で取れました。ただ、証明写真みたいな写真が必要です。(なんて、こんな情報誰の役にも立たないかw)
ベリーズは元イギリス領だったようなので公用語は英語と聞いていたんだけど、特に国境付近は会話も表示もスペイン語が半分以上を占めていた。「なーんだ」と思っていたのも束の間、バスでどんどん中心に近づくに連れて、アフロ・ヨーロピアンの割合が高まっていく。流れてくるのはレゲエ。いろんなものがラスタカラー。みんな腰を振って歩く!
ところで、グアテマラ含めローカルバスに乗っていると、停車する度に商人が乗ってくる。スナックやジュースや果物や文具まで売って行く。旅を通して最初で最後の買い物がこれ。
ジャイアンみたいな男の子が売っていた、かあちゃん手作りのバナナチップス。美味しかった!

キー・カーカー島へ到着。 滞米中に訪れたかった南米-アラスカに続く三番目の場所、カリブ海。
静かな島に、ゆるゆるゆるゆると、レゲエが流れる夕暮れでした。
12/30






宿に戻って荷物を取って、受付にPCがあったので両親にメールを(簡単な英語で)送ろうと2009年最後のメールチェック。そこで、友人達からいくつかのメールを受信しました。出発直前に送った「今年もありがとう」メールへの返信等でした。 最終便のボートでベリーズシティへ戻る途中、海と空を見ながら、「このトンネルを抜けたら、自分が辿り着けるのはどんなとこだろう。」と思えていました。
12/31 
全部を振り返ってみても、ここから二日間の移動が一番しんどかった。よくよく考えると、年末年始なのにだよ。この日はグアテマラシティからタクシーで150km西へ移動。パナハッチェルという街へ。移動がタクシーになったのは、空港でバスを待っている時、カナダ人(でもネイティブはフランス語)と出会ったから。乗り合いを前提にタクシーと交渉し、バスより安い金額になった。
パナハッチェルからボートに乗り、これもまたすーごいスピードで向かったのは・・・ 
サン・ペドロという小さな町。 (宿泊先を探すのを手伝ってくれたおじさんとの会話の中で、「ビレッジ」と言ったら「ここはタウンだ」と訂正された。)
さっそく行ってみると、
とても奇妙な踊り・・・ 
それに、みんな楽しいというより困惑してるようにもみえる。

マイケル・ジャクソン? 

「¡Feliz Año Nuevo!(Happy New Year!)」と、いろんな人が抱きついてくる。
1/1 

ここからまたボートに乗って、バスに乗って、またバスに乗るはずが午後3時だっていうのにもう最終が終っていて(この国は早朝3時から午後2時ぐらいまでが交通の稼動時間のようだ)、途方に暮れてヒッチハイクを重ねて、もう口もきけないくらいヘトヘトになっているところへ、 通りかかった街で新年のお祭り。サン・ペドロのお祭りとほぼ同じ。
たぶん、もともとはこうゆう無骨なお面を使ってたんだろうけど、
そのうちに、
こうゆうふざけた人が出てきたんじゃないかと、

辿り着いたのはシエラ(ケツァルテナンゴ)という町の天然温泉。そして今年最初のビール。
クタクタだったので、贅沢にバス付きの部屋に宿泊。
「贅沢」とはいっても30ドル程度です。それなのに、蛇口をひねると硫黄の匂いがする温泉が出てきます。
1/2 

1/3

午前中のうちにチチを後にして、最後の街アンティグアへ。
ここは16-17世紀に役目果たした古都。スペイン入植時代の首都であったためか、その文化の香りを色濃く残している、とても美しい街。安価なスペイン語学校が多いことでも有名で、実際、語学遊学中の日本人にも出会った。とても上手にスペイン語を話していた。




最後の夜。旅の戦利品。
1/4 
この旅を通して得たもののひとつ、スペイン語をずいぶん楽しんで話しました。最終日の空港への移動中、運転手さんに「アンティグアの街の名前の由来」を尋ねると、グアテマラ首都という地位を失った歴史的背景から「Anti-Gua」であることを教えてくれました。スペイン語と英語の大きな違いは発音の壁がほとんどないことで、覚えた単語は使えば通じるし聞けば分かります。
もうひとつ、毎日100km以上の移動を、それもガタガタのバスやボートでガタガタの道をすごいスピードで走り続けて、ほんとに疲れちゃったんだけど、その疾走感が吹きだまっていたものを上手く押し流してくれたようにも思えます。
2010-01-09
中米日記 Guatemala Feliz!
12/24
サンノゼ空港からミネソタ空港を経由してグアテマラシティ空港へ降り立つ。
(ミネソタ空港)
グアテマラシティからバスをいくつか乗り継いで東北へ200km弱、ランキンという田舎町へ。ほとんどの移動にローカルバスを使ったのだけど、どのバスもぎゅぅぎゅぅ、2人がけに2人座ってても3人目が平気で座るし、3人がけに3人座っていても以下同文。
ランキン到着。
12/26
ランキンから10kmほど南、セムク・チャンペイに向かおうとバスを待っていたら、現れたのは・・・ピックアップトラック!これ?荷台に立ち乗りってこと?それもガダガダの山道を容赦ないスピードで走るし、注意深く前を見てないと小枝が顔面を攻撃する。でも!この野性味と疾走感溢れる移動が、何あろう一番楽しかった体験。
みんな泳ぐ。写真に夢中になっていたら、滑って転んでびしょぬれになった。
再びバスに乗り、さらに200km北上。目指したのは・・・
ペテン・イツァ湖に浮かぶフローレス島。
そして、今日のビール。
逆に、ペルーやボリビアになかった特徴なんだけど、訪れたどの街でもバスケットコートをたくさんみた。公共だったり私有だったり大きかったり小さかったりボロだったり、でもとにかくみんなバスケをしていた。サッカーをみかけたのは1回だけだったし、野球なんてゼロ。
フローレスから60km北上。マヤ文明最大の神殿都市遺跡ティカルへ。
120kmほど東へ。陸路で国境を超えて隣国ベリーズへ。
ベリーズシティからボートに乗り・・・
島を散歩。
ところでこの時、村上春樹の『遠い太鼓』を読んでいました。37歳から3年間分のヨーロッパ生活を綴った長い日記みたいなものです。その中で、1988年を『空白の年』として、「自分がひどく孤独になったように感じた。そして自分が多くの人々に憎まれ嫌われているように感じた。」と述懐し、翌1989年を『回復の年』として、「世の中というのはそういうものだ。その状況の向こうにいる人間の姿がきちんと見えていれば、大抵のことには我慢ができる。逆にそれほど悪くない状況に身を置いていても、ひとの姿が見えてこないと苛立つし、不安になる。」と帰結しています。
2009年は自分の中で何かが壊れていくのを感じていて、でも奮い立たせるように手足を動かし続けた年だったように思います。英語はずいぶん話せるようになったし、いろんな人に出会いました。だけど、話しても話しても、どうしても超えられない薄い諦めが付きまとっていて、気持ちをぶつける場をなかなか探せずにいました。最後は疲れてしまって、胃が少しおかしいな・・・と思っていると、そのうち食べ物の味がしなくなって、「暖かいところで手足を伸ばそう」。そう思ったのがこの旅の始まりでした。
ベリーズシティから朝一番の便でグアテマラへ再入国。
おじさんから、「今日は高台のプラサで住民達のお祭りがある」と聞いた。
音楽やステップはトラディショナルなもののように思えるんだけど、なぜかコスチュームが・・・
(と、後で大ボスに話したら、「MJはトラディショナル・イナフよ」と言われたけど、そうじゃなくて。)
お祭りはそのまま深夜まで続いて、
突然の大きな音にびっくりして振り返ると、
それは2010年がやって来たことを告げる花火。
このサン・ペドロという町が面するアティトラン湖、実は「世界で最も美しい湖」なのだそうです。(リファレンス不明)
旅も後半に突入というところで、初めてグアテマラ産美味しいコーヒーにありつけました。
思います。
温泉からまたヒッチハイク。変なところで降ろされて、また車つかまえて、(けっこうな田舎町で女性や子供は移動手段が持っておらず、普通にヒッチハイク・・・というのか、手を上げて車を止めて荷台に乗って、降りたいところでバンバン車体を叩いて合図して、お礼を言って去って行きます。)
シエラでトルティーヤの朝食を食べて出発。
やっぱりバスを乗り継いで乗り継いで、100kmぐらい北へ移動してチチカカステナンゴへ。
この町では、日曜日、グアテマラ最大の朝市が開かれる。
早朝の散歩後、グアテマラ・シティへ移動。帰途に着きました。
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