2011-03-18

週記

一週間前の今日は、そろそろ夜が明けるかなあという時間に、とても気に入っていた携行用のお茶いれボトルを割る、という悲劇から始まった。日本から戻って以降、ちょっと苦しい量と質の課題に追われて徹夜が続いていた。ぼーっとして手元がおぼつかなかった。あちゃぁと思ったけど、残り2時間で仕上げて出かけなければならなくて、それどころでもなかった。

課題を提出して帰宅して少し飲んで眠った。どれぐらい眠ったのか感覚を持てないくらい、深い深い眠りから引きずり起こされた。頭が回らないなりに非常事態だと思った。地震のことを知った。あわあわとパソコンを立ち上げた私の目に留まったのは、ついさっき届いたばかりの妹からのメールだった。被災地のひとつである八戸に住む出来の良いあいつは、私が連絡するより先に家族にメールを回して、その結果をとりまとめて知らせてくれていたのだ。(ほんとすげー。)

安心してまた眠りについたんだけど、起きてみたら日本は大変なことになっていた。地震より、その後に襲った津波の被害の方が大きいようだった。再度、両親や妹とは比較的すぐに連絡がついたけど、仙台の兄から電話が入ったのは二日ほど経ってからだった。ずっと、ネットとテレビから離れられなかった。

家族の無事が分かってもなお、今もずっと離れられないでいる。次々と降りかかる災難に終わりが見えない。

一万近い人々が見付かっていない。約45万の人々が避難所で不便な思いをしている。いったんは避難したものの、憔悴して亡くなっていく高齢者や病気の方々がいる。何十とか何百とかいう単位で遺体が見付かっている。原子力発電所の緊張状態が続く。何よりそこには落命覚悟で働いている人がいる。死んで欲しくない。死んで欲しくない。死んで欲しくない。

地震が起きてから一週間、優しい話がたくさんあった。国内からも国外からもたくさん声が届いて、みんなが感動して泣いたり笑わせあったり、がんばろうがんばろうと言い合っていた。そのぶん、みにくい話しもあった。私自身が腹をたてることもあった。

なんだか気持ちは焦るけれど、被災地で苦しむ人達にも、救助に尽力している人達にも、命を懸けてる電力会社の人達にも、なんとか最善を尽くそうとしている政府にも、なんとか正確な情報を伝えようとする人達にも、なんとか騒ぎ立てようとする人達にも、ただただ一生懸命生きてるみんなにも、今私が出来ることはない。募金して、出来るだけ正しい必要な情報にだけふれて、手の届く範囲の人に力を貸して、元気に真面目に毎日を生きるだけだ。

今日のサンノゼはいくらか暖かくて、「あったかいって心の健康に大切なんだねえ」と思った。今日の日本は、気温は高くないけど全国的に晴れていて、明日は暖かくなるらしいと聞いた。「あったかいってよ、みんな!」と日本に向かって思った。日が暮れる頃、窓を開けて、一週間ぶりにテレビを消した。暗くなっていく空をしばらく眺めた。この緊張状態を脱して「さあ復興だ」といった時、長くて険しい自分達の出番が始まる。街も家も物も壊れたし、たくさんの私達のシステムが壊れた。だけど、歴史はいつも振り返ってみないと分からない。

「もっともっと大きくなり、いろんなことがあって、何度も底まで沈みこむ。何度も苦しみ、何度でもカムバックする。負けはしない。力は抜かない。」

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少し落ち着きを取り戻して割れたタンブラー(お茶いれ)を探したのですが、すでに販売終了とのことで店頭でもネットでも手に入らないようです。ぽぽぽぽーん。(負け)

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